大判例

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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)17879号 判決

原告

X

外二九名

被告

右代表者法務大臣

田沢智治

右指定代理人

東亜由美

外二名

被告

東京都

右代表者知事

青島幸男

右指定代理人

小林紀歳

外四名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、原告ら各自に対し、連帯して一万円を支払え。

二  被告らは、神奈川県内で発行されている朝日新聞東京本社版、毎日新聞東京本社版、讀賣新聞東京本社版、神奈川新聞のそれぞれの一面の突き出し広告(朝日新聞3.2センチメートル×2段、毎日新聞5.25センチメートル×2段、讀賣新聞七センチメートル×二段、神奈川新聞5.25センチメートル×2段)に別紙「謝罪文」記載のとおりの謝罪文を掲載せよ。

第二  事案の概要

一  原告らは、原告甲野一郎及び同乙川春夫(以下、原告のうち右両名を「獄中原告ら」、その余の原告らを「獄外原告ら」ということがある。)を含む四名に係る最高裁判所(以下「最高裁」という。)昭和五七年(あ)第一七六一号爆発物取締罰則違反等被告事件(以下「本件上告事件」という。)について、昭和六二年三月二四日第三小法廷において行われた判決言渡公判(以下「本件公判」という。)の傍聴券の抽選を受けようとした者に対して、警備をしていた警察官らが傍聴希望者らを最高裁南門(以下「南門」という。)付近の外構の鉄柵及び植込みのコンクリート外壁(以下「外構壁」という。)に押し付けたり、抽選を行っていた裁判所職員らが抽選番号の呼び上げをよく聞こえない音量で行い、右番号の飛ばし読みをし、ゼッケン等を着用した者に抽選を受けさせなかったりする等の不当な規制をしたため、傍聴券の抽選を受けようとした獄外原告らは裁判を傍聴する権利を、獄中原告らは公開の裁判を受ける権利をそれぞれ侵害され、精神的苦痛を被ったと主張して、国家賠償法一条一項に基づき、国及び東京都に対し損害賠償と謝罪広告を求めている。

二  争いのない事実等

1  本件上告事件の被告人四名は、昭和五四年一一月一二日第一審で獄中原告らの死刑を含む有罪判決を受け、昭和五七年一〇月二九日控訴棄却、昭和六二年三月二四日に上告棄却の各判決言渡しを受けた。伊藤正己は本件上告事件の裁判長(以下「伊藤裁判長」という。)であり、浅野信二郎は、本件公判当時警視庁警備部長として、南門付近を警備していた警視庁警察機動隊の責任者であった。

2  本件公判は昭和六二年三月二四日午前一一時に開廷の予定であった。当日南門入口付近で行われる本件公判の傍聴券の抽選を受けるため、同日午前七時ころから本件公判の傍聴希望者が南門前周辺の歩道上に集まり、同日午前八時一〇分ころから右歩道周辺の警備のため警察官が出動していた。

午前九時二〇分、最高裁職員は、南門前から三宅坂の方向へ続く隼町交差点付近の歩道上に並んだ傍聴希望者らに対し、ハンドマイクで左記の説明事項(以下「傍聴についての説明事項」という。)を告知した上(傍聴についての説明事項(五)ないし(七)の告知について証人A〔以下、証拠方法としては「証人A」という。〕)、午前九時四〇分ころから抽選券の交付を開始し、これに続いて行われた傍聴券の抽選の際、ゼッケン、鉢巻き及び示威行為を目的とする文字が書いてある服を着用している者には抽選をさせなかった。

(一) 本日の傍聴券発行枚数は四〇枚です。

(二) 午前九時四〇分までに並んだ者に対し抽選券を渡します。

(三) 抽選券を受け取った人は、抽選券に付してある番号順に抽選をしていただきます。呼ばれた番号の抽選券を所持している人は順次くじを引いてください。

(四) ゼッケン、鉢巻き等をしている人は抽選できませんから、あらかじめ外しておいてください。

(五) ゼッケン等を外さない人、また、番号を呼んでも抽選しようとしない人は、棄権とみなします。

(六) 児童は入廷できません。

(七) 録音機、写真機、危険物等は法廷内に持ち込めません。

(八) 抽選が開始されたら五列に並んでください。

三  原告らの主張

1(一)  同日午前九時ころから抽選終了までの間、機動隊員らは、南門から三宅坂方面への歩道に最高裁の外構壁に沿って並んでいた獄外原告らを含む本件公判の傍聴希望者らに対し、突然人垣を作って傍聴希望者の列を最高裁の外構壁に押し付け、身動きできない状態にし、南門入口の最高裁の構内に設置された抽選場所に近付けなくさせた。

(二)  機動隊員らによる(一)の規制により傍聴希望者らが身動きできない状態になったにもかかわらず、最高裁職員らは抽選番号の呼び上げを開始して抽選を行い、進み出ることができない者を棄権又は棄権とみなすとした。

また、抽選開始直後に抽選場所付近に傍聴希望者らが滞留した際に、傍聴希望者らが抽選場所まで進み出ることができない状況であるにもかかわらず、最高裁職員らは抽選番号の呼び上げを続行して抽選を行い、進み出ることができない者を棄権又は棄権とみなすとした。

(三)  同日、最高裁職員は、抽選番号の呼び上げをするに際し、最高裁構内から呼び上げるのみで列に並んでいる者に聞こえるような手段を用いなかった。

(四)  同日、最高裁職員は、抽選番号の呼び上げをするに際し、配付された抽選券の番号のすべてを呼び上げず、番号の飛ばし読みをした。

(五)  同日、最高裁職員らは、二2のとおりゼッケンや文字の書いてある服を着用している者に抽選をさせなかった。

2  1(一)の機動隊員らの行為は、警察法二条二項「いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない」との規定に反する。また、右機動隊員らの行為は、平穏に並んでいる傍聴希望者らを制止したものであり、警察官職務執行法(以下「警職法」という。)五条に定める「犯罪がまさに行われようとする」場合、「人の生命若しくは身体に危険が及」ぶ場合又は「財産に重大な損害を受ける虞があ」る場合に該当しないにもかかわらず制止する行為であるから、警職法五条に反する違法な行為である。

さらに、右機動隊員らの行為は、裁判の公開を保障する憲法八二条一項、公開の裁判を受ける権利を保障する憲法三七条一項、「人権に関する世界宣言」において採択された公開の審理を受ける権利を侵害する違法な行為である。

3  1(二)〜(五)の最高裁職員らの行為は、裁判の公開を保障する憲法八二条一項、公開の裁判を受ける権利を保障する憲法三七条一項、「人権に関する世界宣言」において採択された公開の審理を受ける権利を侵害する違法な行為である。

4  機動隊員らの1(一)の行為、裁判所職員による1(二)〜(五)の行為により、獄中原告らは公開の裁判を受ける権利を、獄外原告らは裁判を傍聴する権利をそれぞれ侵害され、多大の精神的損害を受けた。この損害は、原告ら一人当たり一万円を下らない。また、金銭的賠償のみでは慰謝することは到底できないので、第一の二記載の謝罪広告の方法をもって慰謝するのが相当である。

四  主要な争点

1  三1(一)〜(四)の各行為が行われたか。

2  三1(五)の行為は違法か。

3  三1(一)〜(四)の各行為が行われた場合、右各行為は違法か。右行為により原告らの権利が侵害されたか。

第三  当裁判所の判断

一  証拠〈省略〉によれば、以下の事実が認められる。

1  本件公判は、世間の注目を集めたいわゆる連続企業爆破事件の被告人らに対する上告審判決公判であり、かつ、上告棄却になると死刑が確定する被告人(獄中原告ら)もいたことから、多数の傍聴希望者らや報道関係者らが南門前歩道を中心とした最高裁周辺に集合することが予想され、また、死刑制度に反対する団体や本件上告事件の被告人らの支援者等の抗議行動が予想された。

そこで、伊藤裁判長の指示により、報道関係者以外の傍聴券は四〇枚とすること、傍聴希望者多数の場合には抽選を行うこと、午前九時四〇分までに並んだ者に抽選券を配付すること、ゼッケン、鉢巻き、ヘルメット等の着用者は抽選させないこと、ゼッケン等を外さない者又は番号を呼んでも抽選しようとしない場合は棄権とみなすこと、傍聴についての説明事項を抽選券交付締切前にも傍聴希望者らにハンドマイク等で告知すること、午前一一時の開廷に間に合うように午前九時五〇分に抽選を開始して三〇分間で抽選を終了し午前一〇時四〇分には傍聴人を法廷に着席させること等が期日前に裁判所内部の打合せで確認され、また、伊藤裁判長の指示により、昭和六二年三月二三日最高裁南門の掲示板に抽選の方法、時刻、傍聴券の発行枚数及び傍聴券の交付・入廷については職員の指示に従うこと等の説明・注意事項が掲示された。

また、本件公判については法廷等の警備を要するとの伊藤裁判長の判断、要請により、法廷等の庁舎内及び抽選場所付近等を警備することとなり、当時最高裁第二訟廷事務室上席書記官であったA(以下、証拠方法以外の場合には「A書記官」という。)が右警備に従事する職員の配置等の案を作成し、その決裁を経た後、職員に当日の警備の指示、説明が行われた。

また、伊藤裁判長は、本件公判の法廷の秩序を維持するため、裁判所法七一条の二第一項に基づき警視総監に対して警察官の派出要請をし、これを受けて最高裁判所訟廷首席書記官ら職員が麹町警察署と最高裁の構内の警備について打合せをしたが、構外については警察の所管であり、裁判所は関与しなかった。

2  南門付近を含めた最高裁周辺は麹町警察署の所轄であり、麹町警察署は、本件公判当日に多数の傍聴希望者の来集が予想されたことと死刑に反対する団体や本件上告事件の被告人らの支援者等による抗議行動等が予想されたことから、南門前歩道付近における右抗議行動等の警戒警備、交通整理による歩道の確保及び本件公判の傍聴希望者に対する傍聴券抽選のための整理誘導等を目的として、警視庁警察機動隊に対し隊員の派出要請をした。

これを受けて、警視庁警察機動隊は、南門前歩道付近における右抗議行動等の警戒警備、交通整理による歩道の確保及び本件公判の傍聴券抽選のための傍聴希望者の整理誘導等を目的として、南門前歩道付近と最高裁外周の車両検問のための出動を決定した。

右最高裁周辺の警備には、警視庁第六機動隊の第一中隊(以下「六機第一中隊」という。)と第四中隊が副隊長指揮で出動し、また、第八機動隊第二中隊(以下「八機第二中隊」という。)と第五機動隊第一中隊(以下「五機第一中隊」という。)が第八機動隊の副隊長指揮で出動することになり、このうち六機第一中隊、八機第二中隊及び五機第一中隊が南門前歩道周辺の警備につくことになった。

3  六機第一中隊約五〇名は、本件公判当日午前八時ころ南門前歩道付近に到着した。当日機動隊員らは、紺色の出動服、レインコート及びヘルメットを着用し、一部の者は楯も持っていた。南門前歩道は、車道と段差があって、幅は四〜五メートル、アスファルトで舗装され、車道側には七、八メートル間隔で樹木が植えられていた。当日の天候は雨であり、傍聴希望者の中には合羽を着たり傘をさしている者が多数いた。

午前八時ころの南門前付近の歩道上には、約二〇〜三〇名の傍聴希望者が集合し、そのうちのほとんどの者が「死刑廃止」等の内容が書かれたゼッケンを着用し、そのうちの二、三名は歩道を通行する者に対してビラを配付していた。また、南門脇の外構の鉄柵には、「死刑許すな」等の内容の横断幕を縛りつけてあった。六機第一中隊長のB(以下「B中隊長」という。)は、傍聴希望者が二〇〜三〇名で、混雑した状況もなかったことから、数名の隊員のみを歩道上に配置して動向を監視させ、残りの隊員は機動隊の輸送車の中で待機させた。

その後、南門前付近の歩道上の傍聴希望者らは少しずつ増えて七〇〜八〇名程度の人数になり、ビラを配る者も五、六名に増えた。また、傍聴希望者らの中には、ハンドマイクを使って「最高裁死刑を許すな」「最高裁は人殺しをするのか」などと叫んで気勢を上げる者や、太鼓を叩く者、サキソフォンを吹く者、踊りを踊る者等がでてきて、これらの傍聴希望者らの行動が歩道を通行する歩行者の通行を妨害し、傍聴希望者らと歩行者との間で軽い言い争いや小競り合いが生じる状況となった。そこで、B中隊長は、午前九時ころ、隊員らに対し、傍聴希望者らを最高裁の外構壁側に二、三列に並べるよう整理誘導すること及び歩行者の通行を確保するために傍聴希望者の列に沿って配置につくことを指示した。機動隊員らの整理誘導により、当時七〇〜八〇名の傍聴希望者は、最高裁の外構壁に沿って南門前から三宅坂の方向へ続く隼町交差点付近の歩道上に二列(ところにより三列)に並んだ。機動隊員らは、傍聴希望者の列に沿って車道側に約一メートル間隔で整列して傍聴希望者の列の方向を向いて立ち、傍聴希望者らが列からはみ出して車道側の歩道の歩行者の通行を妨害することがないようにそれぞれの位置で誘導していた。機動隊員らが配置についた位置と傍聴希望者の列との間には大人が一人通行できる程度の間隔が空けられていた。

4  南門の入口は、別紙図のとおり、外構の鉄柵及びコンクリートの擁壁が最高裁敷地内へ引っ込むように凹んだ奥に設けられており、その凹んだ敷地部分(以下「凹みの敷地」という。)は約一〇坪の広さがあり、凹みの敷地と歩道との境には撤去可能なチェーン付きの杭が設置されていた。最高裁職員らは、午前八時三〇分ころ凹みの敷地と歩道との境のすぐ内側の凹みの敷地内に設置された仮設テントに抽選用の机を設置する等傍聴券配付の準備を行った。

5  午前九時ころ、八機第二中隊五〇名と五機第一中隊五〇名の機動隊員らが第八機動隊の副隊長指揮で出動し、南門付近に到着した。八機第二中隊のC中隊長(以下「C中隊長」という。)ら分隊長以上の幹部が最高裁周辺を実査した後、午前九時三〇分ころ八機第二中隊が六機第一中隊と交代し、同隊と同じように一メートル間隔で配置につき、五機第一中隊は輸送車の中で待機した。

午前九時二〇分ころ、A書記官は、最高裁の他の職員三名を帯同して、南門前から三宅坂方面へ続く歩道上を、傍聴希望者の列の前の方から三宅坂方面の後ろの方へ場所を三か所程度移動しながら、それぞれの場所で二、三回ずつハンドマイクを用いて傍聴についての説明事項を告知した。

午前九時三〇分過ぎころ、傍聴希望者が増えてきたことから、機動隊員間の間隔を詰めて配置につくように指示が出され、五機第一中隊のうち二個小隊が加わって、それまでの一メートル間隔の配置から機動隊員の肩が互いに触れる程度の配置になった。

八機第二中隊と交代した六機第一中隊は、交代後は突発事態に備えた配置をする予定であったが、交代した直後に二〇〜三〇名のグループが新宿通り方面から最高裁の西門(以下「西門」という。)前を通って鐘や太鼓を打ち鳴らしながらデモスタイルで進行してきたので、二個小隊が右のグループを誘導して南門前を通過させ、隼町交差点から三宅坂方面に続く傍聴希望者の列の最後尾まで誘導して並ばせた後、そのまま最後尾付近に傍聴希望者の列に沿って機動隊員間の間隔を狭めて配置についた。六機第一中隊の残りの一個小隊は、突発事態に備えて、南門前から西門前付近の歩道上に二、三列で待機していた。

A書記官は、新宿通りから来た右のグループに対しても、傍聴についての説明事項をハンドマイクを用いて二、三回告知した。

6  午前九時四〇分、最高裁職員らは抽選券交付対象者を締め切り、最高裁職員が傍聴希望者の列の最後尾に「締切」と記載されたプラカードを持って表示した。最終的な抽選券配付までに並んだ傍聴希望者は一四一名であった。このときの傍聴希望者の列の全長は約三〇〜四〇メートルあり、別紙図②と③の中間付近に列の最後尾があった。また、別紙図①付近歩道上にはカメラマン等の報道関係者数十名が取材の準備等をしていた。

抽選が締め切られた直後、最高裁職員らは、傍聴希望者一四一名に対し抽選券を配付した。その際、最高裁職員三名が二列(ところどころ三列)に並んだ傍聴希望者の列の真ん中を通り、左右の傍聴希望者に抽選券を交付した。抽選券は一番から六〇〇番まで一〇〇枚毎の六つの束にして用意されていたところ、一番から一〇〇番までの束の分を配付した後、誤って一〇一番から二〇〇番までの束の分を飛ばして配付し、一〇一番目から一四一番目の傍聴希望者には二〇一番から二四一番の抽選券が交付された。

7  午前九時五〇分ころ、A書記官が凹みの敷地の抽選場所の机の前に立ち、拡声器を用いて抽選番号の呼び上げを一番から開始した。このとき用いられた拡声器は、集音装置がスピーカーと別になっており、やや大きめのスピーカーがついたタイプのもので、A書記官は集音装置の部分のみを手にして、スピーカーは他の裁判所職員が肩に掛けたり机に置いたりした状態で呼び上げを行った。抽選番号の呼び上げの際、拡声器のボリュームは最大ないし最大に近い状態まで調節されていた。

抽選は、番号を呼び上げられた者が抽選場所の机で棒のクジをひき、棒の先に白い印のついたものを引いた者が当選者として傍聴券を交付されるという方法で行われた。

8  抽選開始の直後から、抽選のため進み出た者らのほぼ全員が「死刑廃止」等のゼッケン等を着けたままであったことから、最高裁の職員らがゼッケン等を外さないと抽選は受けられない等と説明し、抽選場所のある凹みの敷地に入れなかった。右ゼッケン等を着けたままの傍聴希望者らは、南門前付近歩道上に滞留して「どうして抽選を受けさせないのか」「なぜゼッケンを外さなければいけないのか理由を言え」「もう一度抽選をやり直せ」等と叫び、職員の指示に反抗したため、南門前付近の歩道上は騒然となって、列が乱れる状況となり、最高裁の職員との間に揉みあいが生じるところもあった。

A書記官は抽選用の机の前で前述の拡声器を用いて順番に五、六番程度まで抽選番号を呼び上げたが、右のとおりほぼ全員がゼッケン等を着けたまま抽選を受けようとして職員の指示に従わなかったため、抽選が全く進まない状況であった。そこで、A書記官は、このあと抽選をどう進めるべきか直接の上司で現場にいた訟廷首席書記官に相談したところ、伊藤裁判長の指示を受けた訟廷首席書記官から、抽選番号を呼び上げても抽選場所に出て来ない場合又は抽選場所に出て来てもゼッケン等を外さない場合には抽選を棄権したとみなして先の番号へ進むようにと指示されたので、この指示に従って、抽選用の机の前に立って順番に抽選番号を拡声器で呼び上げ、一度の呼び上げで抽選場所に来ない場合はもう一度番号を呼び上げ、それでも呼び上げに応じて来ない場合には棄権とみなして次の番号を呼び上げていった。また、A書記官は「ゼッケンを外さなければ抽選を受けることはできません」「抽選に応じなければ棄権とみなします」旨傍聴希望者の列に向かってハンドマイクで繰り返し警告していた。

前述のとおり、南門前付近の歩道上はゼッケン等を外さないで滞留した傍聴希望者らによって騒然とした状況になっていたが、その状況の中でも、列の後方から抽選番号の呼び上げに応じて抽選を受けることはできた。後述のとおり原告D(以下「原告D」という。)もその一人である。

また、抽選番号の呼び上げをしても抽選場所に出て来ない者は棄権とする旨告げて番号を呼び上げていたが、その番号の呼び上げが終了した後に遅れて抽選場所に出て来た者についても抽選を受けさせる取扱いをしていた。

9  抽選が開始され、南門前付近歩道上が騒然とした状況になった後も、後方の傍聴希望者の列に沿って配置についていた機動隊員らは特別に移動せず同じ配置を続けていた。抽選開始後約三〇分経過した午前一〇時二〇分ころ、傍聴希望者のうち約二〇名が南門付近にいる裁判所職員に対し「全員に傍聴券をよこせ」等と詰め寄り、「最高裁は死刑を廃止しろ」等とハンドマイクで叫ぶ者もあり、そのうちの三、四名が凹みの敷地内に侵入した。C中隊長は、突発事態に備えて南門付近に配置していた五機第一中隊の一個小隊を指揮して裁判所職員の警備員と協力して侵入防止の措置を採り、侵入した者を連れ出して歩道上に誘導した。

10  抽選終了予定時刻の午前一〇時二〇分が経過しても抽選が終了しないので、A書記官は、訟廷首席書記官を通じて伊藤裁判長から抽選を三〇分間続行する許可を得た。抽選番号の呼び上げは午前一〇時五〇分ころ終了し、最終的には傍聴希望者一四一名中五六名が抽選を受け、うち三三名が当選した。当選した傍聴希望者三三名は、南門から構内に入り待機していたが、抽選終了後に裁判所職員が入廷させようとしたところ、そのうち二八名は「構外にいる者も一緒に入れろ」「なぜゼッケンを外さなければならないのか」等と叫んで入廷しようとせず、結局入廷したのは五名のみであった。入廷しない二八名は、構内で「裁判長に会わせろ」等と叫んで気勢を上げ、騒いでいた。そこで、A書記官及びその場所にいた裁判所職員は、訟廷首席書記官を通じて伊藤裁判長の指示を得て、「あと五分以内に入廷しない場合は構外に退去してもらう」旨警告し、午前一一時七分、裁判所職員と警察官により退去命令の執行をした。

構内から退去させられた二八名と構外で騒いでいた傍聴希望者らは、南門前で合流すると全員に傍聴券をよこせ、裁判をやり直せ、最高裁は死刑を廃止しろ等と騒ぎ続けたので、機動隊の指揮官車から、歩道上で集合して騒ぐ行為は無届集会に当たり公安条例に違反するから直ちに解散するようにと約五分間繰り返し警告した後、右警告にもかかわらず集団を解かないので、右指揮官車からの指揮により、機動隊員らが手や楯で傍聴希望者らを押して南門前歩道上から国会図書館側に移動させた。国会図書館側に移動した傍聴希望者らは、その後少しずつ解散していった。

11  本件公判は予定より約五分遅れて午前一一時五分ころ開廷し、獄中原告らを含む四名に対する判決が言い渡された。

12  抽選開始以前、原告E(以下「原告E」という。)、原告F(以下「原告F」という。)、原告G(以下「原告G」という。)、原告H(以下「原告H」という。)及び原告I(以下「原告I」という。)は、傍聴希望者の列の抽選番号の一〇番台を交付される場所に並んでいた。原告J(以下「原告J」という。)は、傍聴希望者の列の二〇〜三〇番目くらいの場所に並んでいた。原告Dは、傍聴希望者の列の前から四、五〇人目程度の別紙図②と③の間の柵から植込みに移る辺りの位置に並んでいた。原告K(以下「原告K」という。)及び原告L(以下「原告L」という。)は、原告Dが並んでいた場所の付近に並んでいた。抽選開始後、原告Dは進み出て抽選を受けた。

原告M(以下「原告M」という。)は、死刑廃止等を訴えるため街頭宣伝を行う目的で自動車を運転し機動隊員がお互いの間隔を狭めて配置についた状態のころ(午前九時三〇分過ぎ以降)隼町交差点を通過し、その後自動車を南門に近づけようと付近の道路を走行しているうちに抽選が終了した。

二  原告らの主張1(一)の行為の有無

1  原告らは、機動隊員らが、同日午前九時ころから抽選終了までの間、南門前から三宅坂方向へ続く歩道上に並んでいた傍聴希望者らに対し、人垣を作って傍聴希望者の列を最高裁の外構壁に押し付けて身動きできない状態にし、抽選場所に近付けなくさせた旨主張する。

2  抽選開始前の機動隊員らの配置状況

抽選券配付前の状況について、原告Iは傍聴希望者の列の中にトイレへ行きたい人がいても機動隊員が行かせない状況であったと供述し、原告Dは、列の外へ出てトイレに行きたいと言った他の人が機動隊員に断られていた、自分もトイレへ行こうとして機動隊員に止められたが粘ってやっと出られたと供述し、証人N(以下「証人N」という。)は列から出られない状況でほとんど出て行く人はいなかったと思う旨供述し、証人O(以下「証人O」という。)は列から出ようと思ったが一度出たら入れないということで出なかった旨供述している。また、証人P(以下「証人P」という。)は五、六才の子供がおしっこのため列から出ようとしたのを機動隊員が阻止していた等と供述し、甲三号証〈省略〉には原告Jが抽選券配付開始前にトイレへ行きたくなり列を離れようとしたところ機動隊員に阻止された旨の記述がある。

しかし、原告Dは機動隊員にトイレへ行きたいと行って列から出たと供述していること、証人Nは、機動隊員の人垣から出ようとすると制止を受けたが隊員らに出入りする必要があることを告げると出入りができた、判決後の記者会見の準備等で何度も機動隊員の間を出入りした旨供述していること、証人Oは出たいと思ったのみで実際に出ようとして制止されたとは供述していないこと、証人Pは機動隊員が子供を制止した際に体で押すのみで手を上げたわけではない旨供述していること、前掲甲三号証には原告Jが機動隊員の間を擦り抜けようとしたら制止された旨の記述があるのみで、機動隊員に列から離れる理由を告げた記述がないこと、原告Iは抽選前には隙間があって出入りができた旨供述していること、証人Q(以下「証人Q」という。)は、隼町交差点の信号機の下の辺りにいたところ、判決後の記者会見の準備のために列を離れて連絡をしようとしたが機動隊員に制止され、機動隊員とやりとりになったが、機動隊員の人垣を分けてその外へ出てその場を何回かにわたり離れたと供述していることから、傍聴希望者の列に沿って配置についた機動隊員らが傍聴希望者の列から離れようとする者にいったん停止を求めたり制止したりしたことがあった事実は認められるけれども、列から離れる理由の如何にかかわらず強制力を用いてその行動を制止した事実があったと認めることはできないし、また、傍聴希望者らを外構壁に向かって身動きもできないほど押し付けた事実があるとは認めることができない。

なお、傍聴希望者の列に沿って配置についた機動隊員らが傍聴希望者の列から離れようとする者にいったん停止を求めたり制止したりした行為は、前示一2〜4で認定したとおり、本件公判当日多数の傍聴希望者らが集合し、南門前付近の歩道上で鐘や太鼓等を鳴らしたりハンドマイクを使って叫んで気勢を挙げたりする行為が行われていたこと、デモスタイルで進行してきたグループもあったこと等の状況の下で、列の出入りを放縦にすると、歩道上の傍聴希望者らが列を乱して滞留し、交通の妨害となること及び多数の傍聴希望者に対する傍聴券の抽選が円滑に行われなくなることが予想されたものと認められるから、交通の確保及び本件公判の傍聴券抽選のための傍聴希望者の整理誘導の目的に照らし、合理的でやむを得ない措置として是認し得る。

これに反し、証人Nは機動隊員の列によってぎゅうぎゅう押し付けられた旨供述する。しかし、同証人がぎゅうぎゅう押し付けられていたというのは甲一号証の5の写真のとおりである旨供述しているところ、右写真によれば間隔を詰めて配置についている機動隊員らは両手を下ろした状態で立っていること、証人R(以下、証拠方法としては「証人R」という。)は機動隊員らが午前九時三〇分過ぎに間隔を詰めて配置についてからは特に移動するような指示はしていない旨供述していることに照らすと、証人Nの右供述によって機動隊員の人垣が傍聴希望者らを身動きができないほど最高裁の外構壁に押し付けたと認めることはできない。

また、証人S(以下「証人S」という。)は、別紙図②の少し後ろ辺りに並んだところ、自分たちと機動隊員らの間を誰かが通れるという感じではない、ずうっと押されたという感じがしたと供述しているが、同証人は実際に列から出ようとしたわけではなく、威圧感を感じた旨供述しているだけであり、機動隊員から押される等されたというわけではない旨供述しているから、証人Sの右供述によって機動隊員らが傍聴希望者らを身動きできないように最高裁の外構壁に押し付けたと認めることはできない。

さらに、証人Oは、抽選券交付対象者の締切後その配付前に到着したが、機動隊員と押し問答して必死に頼んで列の最後尾から入り、列の最後尾から少しずつ自分だけ進んで行った、中間辺りで家族傍聴券を誰かから二枚もらい、それから前の方へ進んで行き、南門前歩道上の抽選が見える場所まで進んだと供述していること、証人T(以下「証人T」という。)は、機動隊員らが配置についてから抽選券配付のころまで、家族傍聴券のために列の中にいる人を探して別紙図①の辺りから同③の植込みの辺りまで傘をさしたまま列の中や列と機動隊員らとの間をうろうろ移動していたと供述していること、証人Bは機動隊員らと最高裁の外構壁の間には傍聴希望者が傘をさして二列(ところにより三列)に並んでいてもなお人が通れる程度の間隔が開いていた旨供述していること、証人Cは機動隊員らが午前九時三〇分過ぎに間隔を詰めて配置についてからは特に移動の指示はしていない旨供述していること、同証人は抽選券配付の際三名の最高裁職員が傍聴希望者が二列に並んでいる真ん中を通って抽選券を配付していたと供述していること等に照らしても、抽選開始前に機動隊員らは傍聴希望者の列に沿って互いの肩が触れ合う程度の間隔に詰めて配置についたが、機動隊員らの列と傍聴希望者の列との間は人が通過できる程度の間隔が開いていたと認められ、抽選開始前に機動隊員らが傍聴希望者らを最高裁の外構壁に押し付けた事実があると認めることはできない。

3  抽選開始後から抽選終了までの機動隊員らの配置について

甲六号証〈省略〉には、機動隊員が増員されたと思ったら「圧縮」という指揮者からの号令で最高裁の柵の方へ機動隊員らから押し付けられた旨の記述があるが、同号証によれば、原告Uは押し付けられたということがあった後に列から出てその後開始された抽選券の配布を受けていないこと、その後列に戻り友達から番号八〇番の抽選券をもらって抽選場所まで来た旨の記述があることに照らすと、その記述は信用するに足りない。

証人Pは抽選の途中で指揮者が上から何か一言言うと壁のように立っていた機動隊の列がすごい勢いで傍聴に並んでいる人たちを壁に押し付けた旨供述しているが、同証人は壁に押し付けられたのは午前一一時過ぎだったと供述しているところ、前示一10のとおり同時刻には抽選番号の呼び上げが終了していること、同証人は傍聴希望者の列の後方から約一〇人目の位置におり、二、三〇番以降の抽選番号の呼び上げは聞こえなくなって、機動隊に押し付けられたときはもう騒然としていた旨供述していることに照らすと、抽選の途中で機動隊の列に押し付けられた旨の同証人の供述は信用できない(前示一10のとおり午前一一時過ぎころ機動隊員らが条例違反を警告しつつ南門前付近の歩道上に滞留していた傍聴希望者らを国会図書館側に移動させたので、同証人はそのときの状況について供述しているとも考えられる。)。

証人Vは機動隊買らが走ってきて壁の方へ傍聴希望者らを押し付けた旨供述しているが、同証人はそれが抽選の前であったか終了後であるかはっきりしない、そのあとすぐ社会文化会館の方へ連れて行かれた旨供述していることから、前示一10のとおり午前一一時過ぎころ機動隊員らが条例違反を警告しつつ南門前付近の歩道上に滞留していた傍聴希望者らを移動させた際の状況を供述しているものとも考えられ、右供述によって原告らの主張事実を認めることはできない。

また、原告Dは、抽選の途中に「圧縮」という掛け声が聞こえ、同時に機動隊員らが傍聴希望者の列を壁の方へ圧迫してきた旨供述するが、原告Dは前示一12のとおり傍聴希望者の列の別紙図②と③の間の柵から植込みに移る辺りに並んでいたところ、その後抽選場所まで進み出て抽選を受けた旨供述していることに照らして、圧縮があった旨の供述部分は信用できない。

さらに、前掲甲三号証には抽選開始とともに機動隊員らが傍聴希望者の列を圧迫してきたので自分より前にいた傍聴希望者が進まなかった旨の記述があり、原告Iは抽選途中で機動隊員らから圧縮され傘を閉じないといけなくなった旨供述し、原告Fは抽選が進まない状況のときに機動隊員とぶつかり合う状況があった旨供述しているが、甲三号証には自分より前にいた傍聴希望者がなぜ前に進まなかったのか理由は分からない旨の記述もあること、原告Iの供述はそれ自体不明確であること、原告Fは機動隊員とぶつかり合う理由について列の者がぶつかるのか機動隊員がぶつかってくるのかわからない等と述べていること、証人Tは、別紙図①の辺りにいたところ、抽選が始まってから傍聴希望者の列と機動隊員らとの人垣が狭まったような気がしたが、押し付けられたかどうか分からない、傍聴希望者の列の後方は機動隊員らが整列させていたので混乱はなかったが、前の方が混乱していた旨供述していること、証人Cは、機動隊員らが午前九時三〇分過ぎに間隔を詰めて配置についてからは特に移動の指示はしておらず、同証人は別紙図①から②の間①よりの周辺にいたところ、抽選が開始されてからハンドマイクを持って機動隊員の列と傍聴希望者の列との間を移動している者を現認した旨供述していること、原告Eは、抽選券の番号が一〇番台辺りの位置に居たところ、抽選の途中に呼び上げを列の後方に伝えるためにハンドマイクを持って何度も列の後方へ走って行ったり前方に戻ったりしていた旨供述していることと対比すると、原告らの主張に沿う前記記述及び各供述部分はいずれも信用できず、抽選開始後から抽選終了までの間傍聴希望者の列に沿って配置についた機動隊員らの行動には変化がなかったものと認められる。

他に抽選開始から抽選終了までの間に機動隊員らが傍聴希望者の列を最高裁の外構壁に押し付けた等の原告らの主張事実を認めるに足りる証拠はない。

4  以上のとおり、午前九時ころから抽選終了までの間、機動隊員らが傍聴希望者の列を最高裁の外構壁に押し付けて身動きができないようにした等の事実は認められない。

三  原告らの主張1(二)の行為の有無

原告らは、最高裁職員らが、機動隊員らによる原告らの主張1(一)の規制により、傍聴希望者である獄外原告らが身動きできない状態であるにもかかわらず、抽選番号の呼び上げを開始し、抽選を行い、進み出ることができない者を棄権又は棄権とみなすとした旨主張するので、まず、傍聴希望者らが抽選番号の呼び上げに応じて抽選場所まで出て行けない事実があったのか検討する。

前示一8、9で認定したとおり、抽選番号の呼び上げの最初から南門前の抽選場所付近でゼッケンを外さない傍聴希望者らが裁判所職員の指示に反抗して滞留し、列が乱れ、騒然となっていた事実が認められる。しかしながら、証人Oは、抽選開始前には列の一番最後にいたところ、抽選番号が呼び上げられる中を人波をかきわけて進み、抽選が見えるくらいのところまで進んだと供述していること、原告Dは別紙図②と③の間の柵から植込みに移る辺りに並んでいたところ、抽選の呼び上げに応じて抽選を受けたと供述していること、前掲甲六号証には原告Uが友人から八〇番の抽選券をもらった後に人の間を擦り抜けて抽選場所へ到着した旨の記述があること、原告Iは傍聴希望者の列の中では傘を閉じて半身になって通過したい者を行かせ擦り抜けられる状況であった旨供述していること、証人Sは別紙図②の後ろにいたが抽選の途中で心配になって前の方へ出て行った旨供述していること、原告Eは抽選の途中から呼び上げされている抽選番号を列の後方に伝えるためにハンドマイクを持って何度も列の後方へ走って行ったり前方に戻ったりしていた旨供述していること、証人Cは別紙図①から②の間の①よりの周辺にいたところ抽選が開始されてからハンドマイクを持って機動隊員の列と傍聴希望者の列との間を移動している者を現認した旨供述していること、抽選券配付を受けた一四一名中五六名が最終的に抽選に応じていること等の事実に照らし、前述のような抽選場所付近の混乱にかかわらず、原告ら主張のように傍聴希望者らが呼び上げに応じて抽選場所まで出て行けない状態であったとは認めることができない。

のみならず、前示二2〜4で認定したとおり、機動隊員らは抽選開始前に傍聴希望者の列と機動隊員の列との間を人が楽に通過できる程度の間隔を開けて配置につき、抽選終了までこの配置は変わらず、機動隊員らが傍聴希望者の列を最高裁の外構壁に押し付けて身動きできないようにしたとの原告らの主張事実はこれを認めることはできないから、前述のような混乱のため抽選場所へ出て行きにくい状況があったとしても、その原因を機動隊員らの行為によるものと認めることはできない。

四  原告らの主張1(三)の行為の有無

1  原告らは、本件公判当日最高裁職員は、抽選番号の呼び上げをするに際し、最高裁構内から呼び上げるのみで、列に並んでいる者に聞こえるような適切な手段を用いなかった旨主張する。

証人Tは裁判所職員が敷地内から呼び上げをしていたから聞こえなかった旨供述し、原告Iは呼び上げに使用していた拡声器のボリュームが小さい感じがし呼び上げが聞こえなかった旨供述し、原告Eは回りが騒々しいから聞こえにくいというよりもともと声がおとなしいという感じがした旨供述する。

しかしながら、原告Dは、前示一12のとおり傍聴希望者の列の中間付近に居たところ、呼び上げに応じて抽選を受けていること、原告Fは、抽選番号一〇番台の位置にいたところ、番号の呼び上げは聞こえていた旨供述していること、証人Tは、別紙図①の付近にいたところ、周囲には人がたくさんいたし静かでない状況であり、かつ皆が傘をさして、何番を呼んでいるかはっきり分る感じでなくて普通に聞いていてもわからないが、しっかり聴こうと思っていた人には聞こえる程度であった旨供述していること、証人Sは、別紙図②の列の後方にいた者であるところ、雨の音などで聞き取りにくい状況なのではっきり何番とは聞こえなかったが、耳を澄ませて何番だろうなという程度に聞こえていた旨供述していること、原告Iも抽選券を今から配付しますという放送はよく聞こえた旨供述していること、証人Pは、別紙図②と③の真ん中より少し後方、最後方から一〇人目くらいにいたところ、最初の呼び上げは聞こえた旨供述していること、証人Pは、聞き取れなかったのは前のほうで騒ぎが起こって抗議の声とかが原因であると思う旨供述していること、証人Aは、抽選番号の呼び上げを行った者であるが、拡声器を用いてボリュームを最大にしていた旨の供述をしていること、以上の各証拠関係に照らすと、ボリュームが小さい感じがしたとか、声がおとなしい感じがした旨の前記各供述部分は信用できず、証人Aの供述のとおり、呼び上げを行うに際し拡声器のボリュームは最大ないし最大に近い状態に調節されていたものと認めるのが相当である。

2  そして、A書記官が呼び上げをした位置については、前示一7で認定したとおり、凹みの敷地内に設置された抽選用の机の前に立って呼び上げを行ったこと、呼び上げの方法については前示一8のとおり一度の呼び上げで抽選場所に来ない場合はもう一度番号を呼び上げ、二度呼び上げても応じない場合に次の番号を呼び上げていったものと認められる。

3  呼び上げの音量、A書記官の位置及び呼び上げの方法については右1、2のとおりであるが、原告らは、最高裁職員が最高裁の構内からしか呼び上げを行わなかったことを非難するので、この点について判断するに、前示一4、7のとおりA書記官が立っていた位置は凹みの敷地の歩道寄りであったこと、A書記官と傍聴希望者の列の前の方との間には壁など音を遮る障害物が全くなかったこと、証人Pは別紙図②と③の真ん中より少し後方、最後方から一〇人目くらいにいたところ、最初の呼び上げは聞こえた旨供述していることから、雨が降り、傘をさしている者が多数であったという本件公判当日の天候状況であっても、呼び上げの声は少なくとも傍聴希望者の列の前から別紙図②のやや後方までの範囲に並んだ者まで聞こえる音量であったと認められ、抽選が進行し人が前へ進めば何ら支障はないのであるから、A書記官が最高裁の構内からしか呼び上げを行わなかったことをもって、適切を欠く措置と非難することはできない。

4  また、原告らは、抽選開始直後に南門前付近歩道上に傍聴希望者らが滞留し、傍聴希望者らが抽選場所まで進み出ることができない状況であるにもかかわらず、最高裁職員らが抽選番号の呼び上げを続行して抽選を行い、進みでることができない者を棄権又は棄権とみなすとしたのは違法な措置である旨主張する。

しかし、前示三のとおり呼び上げに応じて出て来られない状況であったものと認めるに足りる証拠はないこと、四3のとおり呼び上げの声は少なくとも傍聴希望者の列の前から別紙②のやや後方までの範囲に並んだ者まで聞こえる音量であったこと、前示一5、8で認定したとおり呼び上げに応じない者は棄権とみなす旨抽選開始前から抽選終了まで繰り返し警告していたこと、A書記官は一度の呼び上げで抽選場所に来ない場合はもう一度番号を呼び上げ、二度呼び上げても応じない場合に次の番号を呼び上げていったこと等の事実関係の下では、番号を呼び上げたにもかかわらず抽選を受けに来ない者については抽選を受ける機会を自ら放棄したものと認めて、これを棄権として処理した最高裁職員らの処置は相当であって、再度最初から呼び上げを繰り返したり別途個別的に抽選を受ける意思確認等の措置を採る必要はなく、直ちに棄権として取り扱うことに何ら違法はない。

五  原告らの主張1(四)の行為の有無

原告Iは抽選番号の六〇番くらいで飛んだように思う旨供述し、原告Fは何番から何番を飛ばしたかは分からないが飛ばし読みをしていた旨供述し、証人Sは耳を澄まして聞いていたところ二〇〜三〇番かある程度いったところで二〇から三〇飛ばして次の番号へ移ったように聞こえた旨供述し、原告Eは五〇番から一〇〇番までの間の番号を呼んでいるときから読み方がおかしくなった旨供述している。

しかしながら、甲一三号証〈省略〉には、「番号を飛ばして呼んでいるぞ」と言う声を聞いた旨の記述はあるが、飛ばし読みを直接聞いた旨の記述がないこと、証人Oは、抽選が見える場所で番号の呼び上げを聞いていたところ、飛ばし読みというのでなく、呼び上げが次々で早かった旨供述していること、原告Iは一方で抽選の間はずっと同じ位置にいたところ番号の呼び上げが聞こえなかった旨供述していること、証人S、原告F、原告I及び原告Eらの供述中飛ばし読みが何番を呼び上げているときにされたかというのかそれぞれ曖昧で食い違っていること、前示一6認定のとおり抽選券の番号一〇一番から二〇〇番までは配付されていないところ、当法廷で尋問を受けた各原告ら及び原告ら申請の各証人にはいずれも一〇〇番台が呼び上げ番号から外されていたことに気付いた旨の供述がないこと、証人Aは配付した抽選券の番号はすべて呼び上げを行った旨供述していることと対比して、原告らの主張に沿うかに見える前記各供述部分はいずれも信用できない。

したがって、最高裁職員が配付された抽選券の番号をすべて呼び上げず番号の飛ばし読みをした旨の原告らの主張事実はこれを認めるに足りない。

六  原告らの主張1(五)の行為の違法性の有無

原告らは、ゼッケン、鉢巻き及び示威行為を目的とする文字が記入された服を着用している者に対し、それらを外さない限り抽選を受けさせなかった最高裁職員らの措置に違法がある旨主張する。

裁判所傍聴規則(以下「傍聴規則」という。)一条は「裁判長は、法廷における秩序を維持するため必要があると認めるときは、傍聴につき次に掲げる処置をとることができる」旨規定し、その処置の内容につき、同条二号は「裁判所職員に傍聴人の被服又は所持品を検査させ、危険物その他法廷において所持するのを相当でないと思料する物の持込みを禁じさせること」、同条三号は「前号の処置に従わない者、児童、相当な衣服を着用しない者及び法廷において裁判所又は裁判官の職務の執行を妨げ又は不当の行状をすることを疑うに足りる顕著な事情が認められる者の入廷を禁ずること」と規定している。ゼッケン、鉢巻き及び示威行為を目的とする文字が記入された服を着用している傍聴希望者にはそれらを外さない限り法廷傍聴のための抽選を受けさせないとの処置は、前示一1で認定したとおり伊藤裁判長の指示に基づくものであり、この指示は傍聴規則一条に基づくものと認められる。

そして、開廷に当たり、当該法廷の状況等を最も的確に把握し得る立場にあり、かつ、当該法廷における訴訟手続の進行に全責任を持つ裁判長の判断は最大限に尊重されなければならないから、法廷の秩序を維持し裁判の威信を保持することを目的として裁判長に委ねられた傍聴規則に基づく裁判長の処置は、それが裁判所法七一条及び右規則により付与された法廷警察権の目的、範囲を著しく逸脱し、又はその方法が甚だしく不当であるなどの特段の事情がない限り、国家賠償法一条一項にいう違法な公権力の行使ということはできないものと解するのが相当である(最高裁平成元年三月八日大法廷判決・民集四三巻二号八九頁参照)。

傍聴規則一条三号にいう、「相当な衣服を着用しない者」とは、法廷において一般的に守られるべき節度のある服装を用いない者をいうと解せられるところ、ゼッケン、鉢巻き及び示威行為を目的とする文字が記入された衣服等の異様な服装は、法廷の秩序を乱し、裁判の威信を損うものと考えられるから、これらを着用した傍聴希望者に対し、ゼッケン等を外さない限り抽選を受けさせないとした措置は、傍聴規則に基づき伊藤裁判長の指示により執行された適法な処置であり、これについて法廷警察権の目的、範囲を著しく逸脱し、又はその方法が甚だしく不当であるなどの特段の事情は認められないから、何ら国家賠償法一条一項にいう違法な公権力の行使ということはできない。

七  なお、獄外原告らは最高裁職員ら及び機動隊員らの行為により憲法八二条一項に基づく裁判を傍聴する権利を侵害された等と主張する。しかし、裁判の公開が制度として保障されていることに伴い、各人は裁判を傍聴することができることになるが、右憲法の規定は各人が裁判所に対して傍聴することを権利として要求できることまでを認めたものではないと解される上(前掲最高裁大法廷判決)、前示のとおり最高裁職員ら及び機動隊員らの行為に違法はないから、この点についての原告らの主張は理由がない。

八  また、前示一12に認定したとおり、原告Dは抽選を受けたのであり、原告Mは自動車を運転している間に抽選が終了したのであるから、右原告らについてはそもそも抽選に参加する自由や傍聴をする自由を奪われたものとはいえない。

九  以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官石川善則 裁判官小野洋一 裁判官仙田由紀子)

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